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東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)175号 決定 1965年4月16日

被告人 森川哲郎

決  定

(申立人氏名略)

右の者に対する偽証被告事件につき、昭和四〇年四月一二日東京地方裁判所裁判官佐藤文哉がした保釈許可の裁判に対し、同月一三日東京地方検察庁検察官神崎量平から刑事訴訟法第四二九条による準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨及び理由は、検察官の昭和四〇年四月一三日付「準抗告及び裁判の執行停止申立書」中申立の趣旨第一項及び別紙申立理由書並びに同年同月一五日付「準抗告申立理由補充書」に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

二、本件関係記録によれば、被告人は、昭和四〇年四月七日検察官から、東京地方裁判所に対し、被告人は、「平沢貞通氏を救う会」の事務局長であるところ、平沢貞通に対する強盗殺人、同未遂等被告事件(いわゆる帝銀事件)について、東京高等裁判所が昭和二六年九月二九日に言渡した判決に対する再審請求事件において野村清、山本晁重朗と共謀のうえ、野村清が証人として出廷して偽証することを企て、同三九年一一月四日東京高等裁判所において、右野村が右再審請求事件の証人として宣誓のうえ同裁判所受命判事に証言をした際、平沢が強盗殺人、同未遂事件の犯行日である昭和二三年一月二六日の直後に所持していた金員の入手経路に関し、平沢の利益のために、「昭和二二年一〇月末か一一月初頃、平沢からその絵画一六点を現金一五万円で買つた。」などと虚偽の事実を陳述して、偽証したものである旨の公訴事実により起訴され、右事実につき勾留されていたところ、昭和四〇年四月八日弁護人猪俣浩三外一名から、同月一〇日被告人本人から、それぞれ保釈請求がなされ、同月一二日東京地方裁判所裁判官佐藤文哉がこれらの請求を容れ、保証金額を金参拾万円として保釈許可の裁判をしたことが明らかである。

三、そこで、まず、本件事案において、刑事訴訟法第八九条第一号ないし第六号所定の権利保釈の除外事由が存在するか否かを検討すると、

(一)  本件勾留の基礎たる偽証罪が同条第一号に当らないことは明瞭であり、関係記録によれば、被告人には前科、前歴などはなく、従つて、同条第二号並びに第三号に該当する事由はない。また、被告人が同条第五号所定の行為をすると疑うに足りる相当な理由は認められず、同条第六号にも該当しない。

(二)  そこで、検察官が主張するように、刑事訴訟法第八九条第四号にいう「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由がある。」かどうかを考えてみると、本件関係記録を総合すれば、被告人は、「平沢貞通氏を救う会」の事務局長として、山本晁重朗、柳寿美恵らの職員を指図しながら、前記再審請求事件を平沢に有利に展開させようと努力してきたところ、平沢の絵画を買つたという野村清を発見すると、同人を再審請求事件の証人とし、平沢に有利な供述を確保するため、巧妙かつ計画的な準備を行つたこと、被告人らに対する偽証事件について関係人の検察官に対する供述は相互に喰いちがう部分が存在すること、被告人は、逮捕後、その経歴、「平沢貞通氏を救う会」の一般的活動などを供述したのみで事件につき黙秘権を行使する態度をとつていること、山本晁重朗、柳寿美恵も、被告人及び自己らの刑事責任の存在を否定する供述をしていること、被告人方から押収された被告人の日記の重要個所が判読できないように抹消されていること、野村清は、検察官に対して、被告人が野村にその記憶に反した供述をするようしつように働きかけ、その供述すべき内容につき原稿を渡すなどして教示したうえ、その工作があとに残らないよう原稿の回収を計るなどの行為に出た旨供述していること、右野村の供述に一致するような他の参考人の供述もあることが、それぞれ認められ、これらの諸事情を総合すれば、被告人が関係人らに働きかけ、あるいは、関係人らと通謀し、又は、証拠物を隠匿破棄するなど、罪証を隠滅する行為に出るおそれが相当あり、刑事訴訟法第八九条第四号にいう「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」が存在するものと認められ、本件事案が権利保釈の事由がある場合に当るものと考えることはできない。

四、(一) しかしながら、刑事訴訟法第八九条の規定は、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。」と認められる場合には権利保釈に当らないことを定めたにすぎず、裁判所は、権利保釈に当らない場合にも、相当な保証金額を定め、条件を付することによつて、被告人の罪証隠滅などの行動を阻止し、公判審理を適正に維持することができ、また、それが適当であると考える場合には、その裁量に基いて保釈請求を許可することができるのである。本件においても、検察官の申立が理由があるかどうかは、更に右の観点から、原裁判官がその裁量に基いてした原裁判の当否を判断しなければならない。

(二) よつて、関係記録を総合して考察してみると、本件偽証事件においては、被告人は、昭和四〇年三月一八日逮捕されたのち勾留され、接見禁止の状態で検察官の取調をうけたが、この間、野村清、山本晃重朗、泉田賢一などの重要関係人をはじめとし、東京都、宮城県などで広範囲かつ多数の関係人に対する取調が行われて極めて多数の供述調書が作成され、被告人の家宅などの捜索により相当量の物的証拠も確保されたのであつて、その結果、同年四月七日被告人らが公訴を提起されたことにより、重要な点についての捜査は一応終了したものと認められること、従つて前記のように、被告人が関係人らに働きかけるなど罪証を隠滅するおそれがないとはいえないが、それは捜査段階に比すれば減少しているし、原裁判によつて決定された金参拾万円という相当額の保証金によりある程度被告人が罪証隠滅のおそれのある行動にでることを抑止しうること、現段階では、捜査段階と異り公判審理の適正な維持のためにも被告人の当事者としての地位を考慮し、その防禦権を不当に制限することのないよう配慮する必要があることなどの事情が存在することが認められる。その他、本件事案の性質、被告人の経歴、職業、家庭事情などを考慮すると、金参拾万円の保証金額と住居制限や、罪証隠滅と思われるような行為をしてはならないなどの条件を付したうえでなされた原裁判は、不当なものということはできない。

(三) そして、その他、本件にあらわれた全ての事情を斟酌しても、原裁判官がその裁量権に基いて行つた保釈許可の決定についで、これを裁量の範囲をこえた不当なものであるとし、これを取消して被告人の勾留を続けなければならないほどの特別の理由は認められない。

五、従つて、結局、弁護人らの保釈請求を許可した原裁判は相当であつてその取消を求める検察官の申立は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項により本件準抗告の申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 真野英一 外池泰治 堀内信明)

(準抗告及び裁判の執行停止申立書、同補充書省略)

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